ニューサイクリング 1964年12月号(No.12)
本日の1冊
今回は「ニューサイクリング 1964年12月号」を取り上げます。
ニューサイクリングの1964年12月号は、通巻12号です。
この号の表紙は「ロードレース(オリンピック個人)」です。
通巻12号の目次をページ順に追うと、
口絵 東京オリンピック自転車競技
12 第18回オリンピック・サイクルレースを見る
14 陸中紀行
16 連載講座 スポーツ車・部品の寸法
22 エッセイ ディレイラーの改造
24 カタログ紹介 サンプレックスー仏・チエンジギヤー
28 カタログ紹介 ストロングライトー仏・チエンホイール
33 東北四県ツーリング記
36 エッセイ チエンジギヤについて
42 サイクリングレポ みちのくを行く
43 サイクリングレポ 紀伊半島を走る
46 サイクリングレポ 奥多摩日原を走る
56 コースガイドシリーズ(2) 東京近郊公園めぐり
60 PRコーナー
62 交換案内
71 いじわるせくしょん
72 サイクリング東西南北
76 パニアーバッグ
82 編集後記
となっています。
主な記事の内容を以下にご紹介します。
※各ページの題名が目次と異なる場合は、本文の題名を表記しています。
「第18回オリンピック・サイクルレースを見る」
編集部による東京オリンピックの自転車競技レポートです。記事には1000mTT、個人追い抜き、スクラッチ、団体追い抜き、タンデムスクラッチの各トラック競技とロードレースの模様と表彰台に上がった選手とそのタイムを紹介しています。
「陸中紀行 未開と静寂の旅」
綿貫益弘氏の執筆による二十日前に東京を立った旅の、三陸の地を行く場面を綴ったサイクリングエッセイです。話は前夜に泊まった小本を出たところから釜石へ向かう数日間の様子を描いたものです。
「スポーツ車、部品の寸法 〔84回〕ホイール」
※本誌では〔84回〕となっていますが、連載は4回目なので〔第4回〕の誤りと思われます。
サイクリングの楽しみは走ることはもちろん、自転車そのものをいじることも楽しみの一つです。この企画は主として寸法の面から自転車と部品およびその関連について解説していく連載となります。今回はホイールについて、ハブ・スポーク・リム・タイヤについて取り上げています。最初はリム次にタイヤについて、当時サイクリング車によく使われていたワイヤードオン(WO)型のリムとタイヤを取り上げています。リム・タイヤの寸法は、イラストと表を用いて日本、フランス、イギリスの各規格の具体的数値と、共通点および差異について解説しています。次はハブとスポークとリムの関係性についてです。当時のフランスはBNA規格でスモールフランジのスポーク穴位置が規定されていたので、規格表を見ればスポーク長がわかるような仕組みになっていました。一方、日本のJISにはそのような規定がないため、多くのスポーク長を揃える必要がありました。最後に泥除けについて少し触れられています。当時のJISには前ドロヨケの長さを角度にして110度以上、後ドロヨケを180度以上と規定していましたが、実際に市販されているものはこれよりも短いものが多く見られたという事です。
「ディレイラーの改造」
これは、リアディレイラーを筆者の要求する仕様にするための改造記です。筆者は改造の対象として、ユーレーのアルビーとカンパのグランスポルトを候補にあげます。そして比較検討の結果、グランスポルトに決定します。次に筆者はカンパのカタログ14号、ロンキッチン社発行のエブリシング・サイクリングを用意し、カタログを参考にグランスポルトを分解します。その結果、テンションスプリングの動きをストップスクリューが制限していることを突き止めます。そこで筆者はストップスクリューを取り去ることにします。その結果、46X22から36X14まで完全にテンションが取れるようになったと報告しています。
「カタログ紹介 サンプレックス ディレイラー フランス」
当時、サンプレックスはカンパニョロ、ユーレーと並んで世界の三大ディレイラーメーカーのひとつでした。同社の製品はルシアン・ジュイによって作り出されたので、スライドシャフト式ディレイラー全盛の時代には、ジュイの名を関した製品が多くありました。その後カンパによってパンタグラフ式のディレイラーが台頭してくると、サンプレックスも追随し、今回取り上げているカタログに掲載されているディレイラーは「プレステージ」のみとなっています。リアディレイラーは取付エンドの形状によってモデルPとモデルNの2種類があります。フロントディレイラーは、ダブル用とトリプル用があります。シフトレバーは3タイプが載っており、シングルレバー、左用のレバー、そしてダブルレバーとなっています。左用のレバーはフロント用ですが、フロントチェンジだけつけるという事はまずありません。これはおそらく、この当時はフロントを多段化する時期であったので、既にリア用のシングルレバーをダブルレバーにすることを意識した製品と思われます。変速関係では小物として、ワイヤーリード、アウターバンド、アウターストッパーなどがあります。その中でユニークな製品は「ワイヤーリレー」と呼ばれる製品です。これはワイヤーリードの代わりに取り付けるもので、レバーからのワイヤーとリアディレイラーへのワイヤーを別々に止めて三角形の金具が首を振るようになっているものです。
変速関係以外の製品では、チェンリングで5ピンタイプの「ツーリスト」と5ピン用アダプターを使用するスリーアームの「コンペティション」があります。他にはシートピラー、クイック・レリーズ、ウイングナットが、フレーム部材として各種エンド類がラインナップされています。
「カタログ紹介 ストロングライト チェンホイール フランス」
ストロングライトはTA社と並んで当時世界一流のチェンホイールメーカーでした。この頃はストロングライトのクランクとTAのチェンリングを組み合わせるのがプロ用自転車の常識となっていました。カタログには各種のクランクがあり、コッタード、コッタレスの両タイプが掲載されています。
「32」コッタレスセットは、軽合金製のクランクとリングの組み合わせで、フロントシングル用となっています。「49D」は、「32」をダブルにしたものと説明されています。「スーパーコンペティション57(後の63)」はレース用としてできたもので、5アーム式になっています。「55コンペティション」は、鉄製のコッタードクランクです。3アーム式で、シングル用とダブル用があります。「34スタンダード」は3アームのスポーツ用クランクで、ハイテン製のコッタードクランクです。「53」「52」は3ピンのクランクで鍛造の鉄製です。両者の違いは製品の強度のようです。「45」「44」「42」は5ピンの鉄製クランクです。軽合金製5ピンクランクの廉価モデルという位置づけのようで、相互互換があるという事です。「11」「111」は鉄製でリングとクランクがカシメてある、最も大衆的な製品です。クランク以外ではヘッド小物が掲載されており、マイクロアジャスター付きの「P3」と、プロレース用の「コンペティション」があります。
「東北四県ツーリング記」
この文は、仙台に住む筆者によるツーリング紀行です。汽車で十和田南駅まで移動した筆者は先に送っておいた自転車を受け取り、組み立てて翌日からのツーリング備えます。ツーリング初日は十和田南駅を出発して小坂から発荷峠を越えて休屋を経由し、御花部山まで走ります。そこからは下って温川に宿をとろうとしますが、旅館が災害でなくなってしまっていたため、虹の湖あたりまで走り旅館をとります。翌日は沖浦の宿を出てから温湯、黒石、弘前まで走り、弘前観光と昼食を食べた後五所川原に向けて走り出します。途中風が強くなったためコースを変更し、菖蒲川から鰺ヶ沢に向かい投宿します。翌日、鯵ヶ沢の街中を見物した後は悪路に苦戦しながら峠を越え深浦十二湖を巡り岩舘まで進みます。須郷岬から先、秋田県へ入ってからは道が良くなり、快適に岩舘には着いたものの宿が取れなかったので、さらに八森まで進みました。四日目は八森から出てからパンクがあり、さらに雨が降って来たので、能代で雨宿りします。再出発後すぐにディレイラーの調子が悪くなり、大曲に着くころには台風の影響で強い風が吹き始め、様子を見ながら走りますがあまりに風が強くなってきたので角間崎で泊まることとします。翌日は風から変わった雨のなかを進み、寒風山を過ぎるころからは雨も上がってきたので秋田の自転車店でディレイラーの修理をして本庄まで行きました。翌日は象潟、酒田を通って余目まで走りますが、ディレイラーの調子がまた悪くなったため自転車店に預けて、駅前のホテルに泊まります。翌日は鳴子まで行かなければならないのですが、前日に食べたカニのせいでジンマシンになり、医者に掛かって大きく遅れます。新庄を過ぎ瀬見温泉あたりで走れなくなってしまいます。ところが運よく通りがかった自動車が鳴子温泉まで乗せてくれたので無事に鳴子の旅館に泊まることができました。最終日は鳴子から仙台まで毎年走って慣れているルートを行って仙台にゴールしています。
「さいくりんぐ えっせい チェンジギヤについて(二)」
このエッセイは今井彬彦編集長による連載です。題名はチェンジギアとつけていますが、ここでは理論的なことなどではなく、チェンジギアの機能やメカニズムに筆者なりの興味や憧れがあり、仕事上からの付き合いによって考えさせられることも多いので、気楽な気分で書いてみたいと述べています。今回は冒頭で、事故について色々と意見をもらったことと、それに対する編集長の思いを述べています。
本題のチェンジギヤについては、外装変速機についての話です。最初は、昭和28年に初めて外装変速機を見た時の思い出、読売新聞が主催してNCTCの人達がかり出されて行った三浦半島一周サイクリングのことを語っています。国産の外装変速機については、当時はまだ三光舎が開発中で、他にはスピーディックというのがあったといいます。編集長が初めて使ったディレイラーは三光舎のダブルワイヤー式のもので、自宅近所の坂という坂を走り回ったと回想しています。次に使ったのも三光舎のS型(後のS-3)で、相当長い間愛用した製品で、執筆当時でも捨てがたい作品だといっています。フロントでダブルが使えるようになるとS型ではテンションがとり切れないのでサンツアーを取り付けることになります。編集長がサンツアーを初めて見たのは昭和30年の自転車工業会の軽量車試作事業の時でした。フロントチェンジを着けてからは山岳サイクリングに熱を入れることになります。数人で山形から仙台までのツーリングに出かけたり、丹沢のヤビツ峠へ行ったりしました。さらにその後の多段化や新車の製作、それらの自転車での思い出を色々と綴っています。
「サイクリングレポート みちのくを行く」
筆者は夏休みを利用して東北へサイクリングへ出かけます。初日は東京郊外の自宅から入谷の親せき宅まで走って泊まります。翌日は国道六号で水戸へ、三日目は海岸沿いを走って平の旅館に泊まります。翌日以降は平から相馬、相馬から仙台へと移動します。仙台には午前中に着いたので、市内見学をした後に松島まで往復してこの日は仙台市内のユースホステルに泊まります。六日目は朝からこの日に始まる七夕の見学に出ますがまだ準備中だったので、写真だけ撮って先を急ぎます。一関、平泉、七日目は早めに盛岡まで移動して二時半過ぎにはユースに入ります。翌日は雨模様の中、十三本木峠、浪打峠を越えて十和田まで行きます。翌日は雨も上がり、奥入瀬から十和田湖へ抜け遊覧船に乗って休屋へ渡って乙女像などを見た後ユースに投宿します。十日目は和井内を経由して発荷峠を越えて大館まで走った後駅の待合室に泊まります。最終日は弘前泊の予定で走り始めますが、一気に青森まで走ることにします。そして、四時頃には青森に到着してツーリングを終わらせています。
「サイクリングレポート 紀伊半島を走る」
筆者は八月に紀伊半島を13日間かけて走っています。ここではその中でも特に苦しくて楽しかったという、伊勢から尾鷲までのことをレポートしています。話は弥富から始まってその日は津で昼食、松阪あたりからは雨が降り出し途中で雨宿りのため1時間ちょっと足止めを食います。伊勢市には三時過ぎに入り、そこで出会ったサイクリストと意気投合して行動を共にします。その日は外宮を見物した後、二見のユースホステルに泊まります。翌日は鳥羽へ向けて出発し、パールアイランドを見学してから磯部へ向かいます。そこで昼食を食べた後は安乗、波切を経由して御座近くのキャンプ場に泊まります。次の日は朝早くに船に乗って浜島へ渡り、下津浦、贄浦を経由して藤坂峠にかかります。登りも下りも大変だった峠を越え、その日は山中にあった集落の民家に厄介になります。翌日は長島、尾鷲を経由して矢ノ川峠に向かいます。ここの道も大変悪く、登りの途中からトラックに乗せてもらって峠を越えたところまででレポートを終えています。
「サイクリングレポート 奥多摩日原サイクリング」
筆者は友人とともに8名で埼玉の北本駅前に午前三時頃に集合して奥多摩を目指します。一行は浦和から狭山を抜けて、青梅に向かいます。日原には午後三時過ぎに到着してその日の宿となる国民宿舎に荷物を置きます。そのあとは日原鍾乳洞を見学し、夕食は宿舎下の河原で飯盒炊爨します。翌日は河原で焼きめしの朝ご飯を食べてから帰路につきました。
「毎日新聞社 日本サイクリング協会選定 私のすすめるサイクリングコース入選コース」
これは毎日新聞社とJCAが選定したサイクリングコースの紹介企画ページです。第二回は「東京都入選コース」に選ばれた「初心者向き、団体向き 近郊公園めぐりコース」の紹介です。全行程約48kmの日帰りポタリングコースで、スタート地点は新宿駅西口広場。コースの推薦理由は、距離が手ごろな事とコースのとり方による交通難のさけ方の見本としてです。案内に全体図はありませんが、井の頭公園、深大寺、稲田堤、馬事公苑などを巡るコースを文章とコマ地図を使って詳細に書いています。
「PRコーナー」
今回はカタログを中心に取り上げています。カタログは、横尾双輪館のホルクスRシリーズ、前田鉄工所のサンツアー、城東輪業社のパーツカタログ、杉野鉄工所のチェンホイールカタログ、吉貝機械のダイアワイマン、JOSのランプ、サンプレックスが紹介されています。他にもサンプレックスのディレイラー陳列用モデルや島野工業の「ハブギヤ組立説明」、松下電器発行の小冊子「楽しいサイクリング」が出ています。
「交換案内」
自転車や部品の売りたし買いたしのコーナーです。今月号は掲載ページが9ページに渡っています。売りたしの完成車は30台を超え、部品類もかなり増えてきており、スポーツ車やスポーツ車用部品が急速に普及・拡大している様子がうかがえます。
「サイクリング東西南北」
このページは、各サイクリング協会並びに各クラブの交換の場所としてニューサイが提供しているページです。今回はJCAの理事会報告として、事業計画と東日本・中部日本・西日本の三支部設置の件を報告しています。イベント情報は第一回九州ラリーと第六回西日本ラリーの告知があります。他にも各クラブからの情報があり、特に今回は「かたつむりぐるーぷ」「浦和サイクリングクラブ」「港サイクリングクラブ」の機関誌が表紙とともに紹介されています。
「パニアバッグ」
このコーナーは、読者に開放されているページです。今月号も、読者からの質問が多数寄せられてます。
1964年12月号の裏表紙広告は、日米富士自轉車の「CC富士キャンピング /CR 富士クラブラン」でした。
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